蜜月まで何マイル?

    “女神の泉”
 

偉大なる航路、グランドラインも後半戦。
気候、海流、磁場、生態系、
そこにへばり付いてる住民の皆様まで、
何かとランクアップしておいで。
各々の島や海域の基地へと駐留している海兵たちさえ、
単独行動は死を招くと肝に命じて行動するほどと言われ。
聖地マリージョアのあるレッドラインまでの前半が
“パラダイス”に思えるほどというのが重々頷ける、
壮絶苛酷な航路だが、

 「それでも、ここで生まれ育った人たちもいるんだし。」
 「海軍の都合に合わせてついて来たって人たちもいる。」

生活に要りような物の数々全てを、
レッドラインの向こうやマリージョアから持ち込むには限度がある。
そうかといって、自力生産する術は素人同然の海兵たち。
中には玄人はだしの腕や才を持って入隊した者もいるかも知れぬが、
それを生かしたいならわざわざ海軍に入ったりはしない。
彼らは例えば暴虐の限りを尽くす“悪党”から非力な市民を守りたくて、
正義の旗印にその身と意思と命とを捧げたのだからして、
それこそ本末転倒というもので。

 「そこで、畑作耕作の得意な人や、家畜を育てるのがうまい人、
  魚や獣の居場所への勘がいい人、
  鍛冶や工具を生み出す技術に長けている人、
  商いのコツを心得ていてコネがある人なんてのが、
  同行して来たそのまま、基地周辺へ里や町を開いてしまって
  発展させてるって島は結構あるらしいのよね。」

 「他の海域で聞くと、
  特に不思議でもない、人間界の“自然現象”だけど。」

この苛酷な新世界でだと、
最初の世代の方々は、
さぞやご苦労も多かったんでしょうねと思ってしまうわねと。
ブティックのそれだろう、
カラフルな紙袋を幾つも幾つも肩から提げて言うのだから、

 “此処もそういう島だってのにな。”

白い石畳に白い石作りの町並み。
まるであのウォーターセブンを思わせるような、
人工的に整備された綺麗な町並みは。
あの島のような水路こそそうそうないけれど、
広場が多く、その1つ1つに
湧き水らしい泉がしつらえられていて涼やか。
そんな具合で、随分と穏やかで和やかな土地らしく、
寄港者向けだろう市場の規模も大きく、
物資も豊富な中継基地っぽいところではあり。
女性の海賊や海軍士官もいなくはないせいか、
いやさ、こんな奥向きまで到達したクチの存在ともなれば、
怖いもの知らずの女傑に違いないからか。
ファッション関係のアイテムもちゃんと揃っている、
どこの商業都市とも変わらぬにぎわいようなのが、
今時だなぁと感心しちゃったチョッパーも連れての、
個人的なお買い物を楽しんでいた女性陣。

 「チョッパー、お待たせ。次は本と古地図のお店を回るわよvv」
 「やたっ♪」

新しい島に着けば、消耗品の補給が優先されるのが常なれど、
食料に資材、燃料などは、それぞれの専門家が買い付けに向かっている。
どれへもエキスパートがお顔を揃えている現在、
散り散りになってた間に皆して心身共に鍛えてもおり、
すっかりと任せておいて大丈夫。
どうしても大量に荷物が出来たというのなら、
力自慢の荷物持ち(フリー)もいることだし

 「でもねぇ。あの二人はどっちも方向音痴だというか…。」

おお、MCに乗っかりますか、ナミさん。
でもね、方向音痴なのは片やだけでは…。

 「あら。途中でゴールを勝手にすげ替えてしまって、
  想いもつかないところへすっ飛んで行ってしまうのだって、
  ある意味、立派に方向音痴みたいなものだと思うけど。」

ロビンさんたら、手厳しい。(苦笑)
小さなトナカイドクターさんも、
滔々と語られた中へぎっちり盛り込まれた文言の、
言いようこそ丸いながらも鋭い内容へ、
追随出来たればこそ“おおお…っ”と、ついついのけ反ってしまったが。

 「で?
  今回、その役立たずたちは
  ここでは何処でどうしてるの?」

屋台が出ていたのでと、
淡いピンクの綿飴を買ってそのまま“ほら”と差し出したナミへ、

 「んと、この島は商人たちの島だから、
  あんまり危険もなかろうってことで、
  見物したいって言ってきかなかったルフィに、
  ゾロがお守りってことで付いてっての出掛けたらしい。」

うあ、ありがとーだぞと、
大好物の綿飴に気を取られ、
満面の笑みで受け取りながらの上の空だったとはいえ。
名指ししてないのに、誰のことを言っているのか、
あっさり把握して的確にお返事くださってる辺り。
女性たちの一刀両断を、
そうそう非難は出来ないんじゃあ…。(苦笑)





      ◇◇◇



役立たずは、時に“トラブルメイカー”とも呼ばれるようで。
お買い物や荷物もちに付き合わなくても良いからと奔放に振る舞えば、
まず間違いなく
何かしらの騒動にぶつかるか、巻き込まれるか、
はたまた自ら生み出してしまうかのどれかに決着を見てしまう。
いやいや、片づいていない段階では、
決着と言うのはまだ早いのかな?

 「こんの生意気な小僧がよっ!」

そもそもは海軍の戦艦ご用達という補給の町だったせいか、
隠れ港があっての居着きの海賊…なんてものは居ないものの。
血の気の多い輩というのはどんな町にも必ずいる。
ましてや、ここは新世界。
通過する顔も荒くれ揃いとあって、
そういった顔触れに揉まれる格好で、自然と標準値も上がるようで。
お上りさんがはしゃぎやがって、
人にぶつかっといて挨拶もなしに通過かよスルーかよ、
そんな勝手が許されると思っとんのか、
どれほどのバウンティなのかは知らねぇが、
此処はな、かつてはあの伝説の大海賊、
元四皇の白髭が縄張りにしていた海域だ…と。
立て板に水という勢いの、口上を並べていた途中から。
なんだ喧嘩売って来たんじゃねぇのかよと、
あっさり関心がなくなったか、
とっとと歩み去ろうとした、掴みどころのない若いのへ。
待て待て待て待てと
ちょっと待ってと引き留めるというのも、何だかなぁな展開で。

 “その時点で既に勝負有りなんじゃあ…。”

周囲に立ち止まり掛かった野次馬たちが、そんな風に感じたほど、
ならず者としてちっとは有名、荒くれな地回り相手に、
なぁんだと捨て置けてしまえる、旅のお方らもなかなかの強わものであり。
人に要らない恥をかかせやがって…なぞと、
よくある逆ぎれ、
勝手に怒り出してしまったチンピラさんたちが何人かがかりで、
行く手を遮りの、
けじめつけてけという曖昧で判りにくい要求を出して来つつ、
威嚇を兼ねてのご挨拶、不意打ちで殴り掛かって来たそれを、

 「……危ないなぁ。」

いつ飛び出さすんだその拳と、
間合いを取るのが却って難しい方向でのレベル違い。
あまりに大きい騒ぎを起こしても、海軍が集まってくるだけだし。
余計な騒ぎは起こすなと、
耳にタコが出来るほどナミやウソップから言われてもいること。
一度でいいから守ってみたい…と、
こういう町でほど思う我らが船長だってのに。
そういう時に限っていつも、
ささいなことに引っ掛かってくださる相手がいるから困りもの。
そちらさんもそこが進歩か、
以前ほど際立った殺気は、
多少のことじゃあ立ち上げなくなった隻眼の剣豪殿が。
まだ刀は抜かずの懐ろ手のままという、見ようによっては傲岸な態度にて。
さらりするりと身を躱すのみで、
掴み掛かってくる数人のチンピラをいなしているのも
船長殿と同じ心境からなのだろうが、

 「おっとぉ。」

さりげない反撃として、
身を躱したその陰で
爪先を蹴り出して相手の向こう脛をこづいたり。
こちらは何かへ捕まって身を止め、
相手が失速してたたらを踏むその背中を、
ポンと軽く突いて押し出してやったり。
そんなこんなして戦力を削ぎ落としたその結果、
ほんの何合かをやりあった間合いののちにはもう、
数に任せての威勢だったか、肩をいからせて伸し歩いていた一団の先頭、
頭目らしい最初の一人しか居残っちゃあいない在様で。
こうなってくると“踊らされた”という方向でも向かっ腹が立つものか、

 「こ、こんのやろっ!」

要らない恥をかかせやがってということか。
ちんまり小柄で、痩せっぽち、
まだまだ子供という風貌の赤いシャツの少年のほうへ。
そっちこそが化け物並の力の持ち主、
ついでに言えば…その子に何かあったれば、
自分に何かされるのより桁外れの度合いにて、
誰かさんが激怒するのだというおまけ付きとも知らないで。
どんっと手を突き出した、青二才。
それもまた、おっとぉっと上手に避けたつもりが、

 「あ………。」

間の悪いときはあるもので、
真後ろへと避けたその先には、
大理石なのか結構立派な彫刻の女神様が、
細みの壷を肩の上へと差し上げておいでの噴水付きという、
温泉地の大浴場ほどもあろうかという泉が
空間のほとんどを占拠していたものだから。

 「何でこんなもんが、いきなりあるんだよ〜。」

お初の土地だけに、手掛かりを目視で探すのもわずかに遅れ、
まま、この程度の泉なら尻餅ついての腰まで濡らす程度のもんだろうと
舐めて掛かったのもあってのこと。
大した抵抗もしないまま、
横倒しに倒れ込んだ船長さんだったのではあるけれど……




     ◇◇



 《 …………あら。お客ひゃまでしたの?》

口元を押さえてもごもごと、
明らかに“何か摘まんでおりました”という
油断を突かれたらしい口ごもりよう。
ぱたたっと慌てて居住まいを正した存在が、
ヒレのような余り布が肩やら腰やらに優雅に揺れる、
トーガとかいう足元まであろう裾長の衣装をまとって立っており。

 「何だお前…………つか、此処って水ん中か?」

どうせ浅いもんだろと高を括っていたルフィ。
だってのに、見やった先のもうちょっと底辺りで、
自分と変わらないほどの背丈があろう存在が、
立ち上がっての迎えてくれており。
ということは………

 「何でこんな深…じゃなくてっ。」

しまった水ん中じゃあ、俺 溺れんだったと。
今頃になってあわわと慌てだしの、暴れ始めるもがきっぷりなのへ、

 《 大丈夫ですよ、此処は特別な泉だから。》

愛らしいトーンのお声がそりゃあ朗らかな響きで届く。
大丈夫なもんか、俺は普通の金づちとは違うと、
言いたいけれどそれどころじゃあないと、
あたふた手足をばたつかせるルフィだったのへ、

 《 ええ。悪魔の実の能力者なんでしょう?
  えっと、ゴムゴムの実ですね、モンキー・D・ルフィさん。》

 「…………え?」

やったことのない平泳ぎ、
それでも結構 様になってるストロークにて、
水面はこっちかと暴れる甲斐もなく、
全然の一向に進まないその身をぴたりと止めてから、

 「あ、息が苦しくねぇぞ。」

今やっと気がついたので、とりあえず暴れるのはよした船長さん。
悪あがきをやめたことで、
その身も真っ直ぐふわふわとたゆたうだけの
浮かびように留まったところへと。
そんな彼をにっこにこと見守っていたのは、

 《 此処は淡水ですから、
   海に呪われた身を喰うということはありませんわvv》

それは明るい陽をまんまんと満たした透き通った水の中にあって、
少しも動じずにこにこと微笑っていらっしゃる、
白皙の美貌の娘さん。
くるぶしまでという長い裳裾の優美な装いによく映える、
高々と結い上げた亜麻色の髪と、ハシバミ色の双眸をし。
耳朶や細い首へと飾られた宝石が、厭味のない色や大きさなのが清々しい、
若く見えるが妙に落ち着き払った、
いやさ、
こんな場所で初対面の海賊を相手におっとり構えている、
何とも不思議なお嬢さんで。

 「此処ってやっぱ、さっきの広場にあった泉だよな?」

やけに水路の多い町で、
フランキーがいた船大工と海列車の島、
ウォーターセブンを彷彿とさせたが、

 『向こうのは揚水システムあっての水の島だったが、
  ここのは違うようだぜ。』

機巧を凝らした水の島なんじゃなく、
島の真ん中からとめどなく湧く水を巡らせているようだと、
そういや スーパr−な船大工さんが言っていたような。

 「そか。真水かぁ。」

だったら平気だと、胸を撫で下ろした船長さん。
水の中という環境も、あの魚人島で体験済みなので、
身が浮いてしまう感覚にも馴染みはあるからへーきへーきと、
ようやく安堵し、にひゃっと微笑ったもんの。

  呼吸が出来るのは何でなの、と

肝心な胆をツッこむ役が居ないのが、
この際は幸いしてるんだかどうなんだか。(う〜ん)
まだ足が底へとついてもないのに、
安定した高さへ身が止まったことへ。
こりゃいいや楽チン楽チンと、
膝までのパンツからニョッキリ出ている足を持ち上げ、
浮遊感を楽しんでおれば、

 《 此処へまでやって来れたお人は久々ですわ。》

品のいい所作にて、
両の手で頬を挟み込むようにして感激を表したお嬢様。
外の町並みがそうだったのと同じほど、真っ白で明るい、
でもでも此処が違うのが、
草も木もない、何にもない、
天井らしい水面に波が風で作っているそれだろう、
網目のような淡い陰がゆらゆらと、
時折よぎることで時間までもが止まってはないらしいのが判るという、
水と光 以外には何にもないところにあって。
唯一の色彩であるお人なせいか、
淡い印象なのに、そりゃあ鮮やかで綺麗だったけど。

 「こんなところでぼんやりしてんのは退屈だっただろうなぁ。」

 《 そうそう、結構時間つぶしが大変で…じゃあなくて。》

さっきまでの恐慌ぶりはどこへやら、
人ならぬ存在らしいお相手へまで
畏れもないまま接する豪気な麦ワラの船長なのへ、
こらこらとそこはさすがに訂正を入れてから。

 《 わたしは、
   悪魔の実の能力を授かった人たちへ
   ご褒美を差し上げる女神です。》

こほんと咳払いをして威容を整え、居住まいを正したトーガ姿のお姉様。
あらためての自己紹介をすると、
白い両手を自分の胸元へそろえて差し出して構えれば、
そこへとぽんっと現れたのが、
メロンの形に似てはいるが、表の模様は何とも不気味な渦巻きという、

 「あーっ、それって俺が喰ったのと同じの!」

 《 はい。ゴムゴムの実ですわvv》

凄いでしょー、悪魔の実は1種が1つしかないのに
もう一つが現れちゃうなんてと。
どれほどとんでもないことかを自慢げに語り掛かったのだけれども、

 「へぇえ〜、結構小さかったんだな。」

あの時はでっかいメロンだと思ってばくばく食ったけど、
今だったら一口だぞと。
みょいんとその腕を伸ばされて、

 《 あ、あ、こらこら君っ。》

伸びて来た手から庇うよに、
取り出したばかりの実を慌てて抱きかかえた女神様。
油断も隙もないなぁと、
ややもすると口許を引きつらせて見せてから、

 《 此の空間へとやって来れたということは、
  あなたにはご褒美を受ける資格がおありだということ。》

悪魔の実はその通称が示す通り、海の呪いが凝り固まった魔性の存在。
人々への幸いを齎すような神聖な存在ではなく、
よって、必ずしも善行に使わねばならぬというものでもありませぬ。

 《 それでも。
   海への穢れにも繋がろう、
  怨嗟や災厄をその身へ蓄積することなく。
  この清い泉に落ちて来れた身、まずは合格ということで。》

にこぉっと微笑った女神様、
胸元へ伏せていた両の手を外へと開いて見せ、
懐ろへと抱え込んでたゴムゴムの実を再び見せたのかと思いきや。
そこからぷかりと空中、もとえ、水中へ浮かんだのは、
3つの大きいシャボン玉。

 「何だこりゃあ。」

虹色に光りながら、時折ぷわぷわと輪郭が揺れる、
それはやわらかな球体を3つも、
天を向けて開いた両手の上へ浮かせた女神様は。
そこでさすがに背条を延ばすと、
おほんとお声を整えてから、

 《 あなたが向かいたいところへ、
   此処から一気に送って差し上げますわ。》

 「あ?」

彼女の言葉が終わらぬうち、
それぞれのシャボンが
その中へ緑や青をたたえた風景を映し出す。

 《 まずは、あなたの故郷。》

といっても、
人によっては覚えてもいない
生まれたところへ返されても何でしょうからと、
記憶の中の幸いに満ちていた出発点へ限ってのこと、

 《 あなたならそう、
   フーシャ村までを、真っ直ぐ送って差し上げます。》

懐かしいのどかな風景や、
馴染みだった人々のお顔が行き交う町並みなどが
その中へと映し出されるシャボンであり。
そのお隣りも緑豊かな中を人々が行き来する光景ながら、
だが順番としては後回しなのか。
次はと女神が示したは、逆の端に浮かんだもう1つ。
そちらは微妙に嵐の中なのか、
曇天の中、暗くて重そうな雲が覆う島のようで。
見たこともない場所だし、何と言っても遠くてよく判らぬが、

 《 こちらは、この航路の最終島、ラフテルです。》

そうと告げられ、あっとルフィが息を飲む。
そこが目的じゃあないものの、
このグランドラインを制覇したけりゃあ目指す先。
あのゴール・D・ロジャーと、
彼が率いた最初のクルーたちだけが辿り着いたのみという、
いまだに全容は明らかではないままの謎多き島であり。
かの“ワンピース”も
そこに行けば正体が判るのではとされている地。

 「………。」

ルフィにしてみれば、
彼のこの冒険の旅路の
始まりとゴールという両端を示されたようなもの。
遠くなった懐かしい故郷と、
そこへ至るために艱難辛苦を掻き分けて進んでいる終着点と。
どちらにも関心はあろうし、どちらもひょいとは向かえぬ場所で。
あれまあと大きな双眸を尚のことドングリのように見開いてしまい、
続いては怪訝そうに眇めてしまった船長さんだったのが。
ややあって、

 「このシャボンは何処なんだ?」

紹介されぬ、もう1つ。
それが気になったか、指さしたルフィだったのへ。
ああごめんなさいねとやんわりと目元を細めた女神様、

 《 此処は、さっきまでいらしたこの町です。》

此処を起点として進むか戻るか。
今現在というだけの地点です、と。
小首を傾げてにっこりと、それは麗しくも頬笑んだ女神様なのへ、


  「なぁんだ。」


満面の笑みにて にひゃりと微笑った我らが船長。
それから、
まだまだ子供の不器用さや
しゃにむな頑是なさの色濃い手を伸ばすと、

 「じゃあ、俺は此処へ戻るぞ。」

これが所望だと言い出したのは、
さっきまでいたところだと示されたシャボン玉だ。

 《 え?》

あまりに意外な発言だったのか、
麗しの女神様、不意打ちにキョトンとしてしまわれたものの。
船長の手が勝手に伸びて来たもんだから、
またもや あわわと慌てて見せて。
その手からシャボンを遠ざけつつ、

 《 本当に此の場所でいいのですか?》

ここって ただ戻るだけですよ?

 《 せっかくのご褒美なのに、
   それならではの特別な冒険はしたいと思わないのですか?》

そんな訊き方をされたのへ、

 「何 言ってるかなぁ。」

にひゃひゃと楽しげに笑い、
水に浮いて脱げそうになった麦ワラ帽子を手で押さえると、

 「一気にパッて飛ばされたんじゃ一個も面白くねぇじゃんか。」
 《 いいいい、一個も面白くない?》

意外な言われように、またもや復唱した女神様。
奇跡の力をどうでも言いように言われたのへ、
衝撃を受けたのか細い肩が落ちかかったものの、

 「それによ、その…。」

微妙に言い淀んだ船長さんの視線が止まった先、
この泉なのか石積みの井戸の縁みたいな所に足をかけ、
ザブザブと踏み込んでる人影へ。
何か誰かを探しておいでか、
険悪な顔で辺りを見回しているその誰かさんなのへ
“うくく”とそれは楽しそうに笑うと、

 「こいつが居ないところへ行っても、
  やっぱ一個も面白くは無さそうだしよ。」

 《 …あらまあ。》

振り回されっ放しだった女神様。
ちょっぴり含羞みの甘さを目元へ滲ませた彼だったのへは、
さすがに気づいたようで。
そうかそうか成程ねぇと、
ほんわかとした微笑いようを見せてから………。





       ◇◇◇◇



こんな浅い池でも溺れかかるのかと思って慌てたぞと、
剣豪さんの頼もしい手でぐんと引き上げられたのは、
さっきまでチンピラどもと遊んでた広場の泉。
何が何やらとキョトンとするばかりだったルフィにしか、
聞こえなかった不思議な声があって、


 《 あなたは正直者ですね、それにずんと運がいい。》


  なので、ご褒美に望みをかなえて差し上げましょう。
  それと…


その先は遠すぎて、
もはや聞き取れなかったのだという彼であり。
それぞれの目的地から戻った皆が、それを一通り聞いてから、
出先で手に入れた掘り出し物を、それぞれに見下ろしてしまい。

 「まさかな…。」
 「じゃあさ。」
 「それって。」
 「信じらんねぇ。」
 「これはその?」
 「不思議なことがあったものね。」

ここ、グランドラインに於いては
現存しているのがもはや神憑りとされるほど、
奇跡の当たり年のワインが手に入ったのも。
雷霆の島の高山地域にのみ、
特別な作用でもって産すると言われるスノウドームの水晶が手に入ったのも。
巨人族の比類ない怪力で一瞬にして押し潰さにゃあ抽出出来ないとされている、
火傷の妙薬のベースとなる触媒、トビイカの油が手に入ったのも。
幻の古書、挿絵部分に古代文字がふんだんに使われた
『ベーゲネーゼの深海魚』という文芸本の初版が手に入ったのも。
スカイピアを産とするダイヤルの中でも希少な種、
時計代わりに時を刻むタイマーダイヤルが手に入ったのも。
価値が判らなんだからか、粗末な出店の店先に放り出されてた、
動力部の濾過装置に用いると燃費効率が格段によくなるという、
深海の特殊な工房特製の気泡碍子(ガイシ)フィルターを見つけたのも。
奏でれば陽が射すと言われた伝説の歌“ハレるや”の楽譜が手に入ったのも、

 「確かにここまで重なれば
  “奇跡”を通り越して、呪いっぽいあやかりだわね。」

 「ナミさん、喩えが手厳しーっ。」

最年長のブルックがお決まりの一言でツッコミを入れたが、
でもなあ…と、
さすがにラッキーって一言で片付けにくいらしい皆様だったのであり。
そしてそして、直接的にはあやかりものが授からなかったものの、
サニーの甲板の芝生の上、
熟睡モードに入っておいでの剣豪と、
その立て膝の間という、
舳先の獅子の次にお気に入りの場所にはまり込み、
くうすうとやはりお昼寝に入っておいでの船長さんとへは。
あわや遠くへの離れ離れにされることとならなんだことこそが、
ご褒美だというのだろうか………?





   〜Fine〜  2012.05.26.


  *久し振りの“アルバトロス”で書き始めたのですが、
    オチがオチだったので“蜜月”へ路線変更と相成りました。
    そして、
    やっぱり女性に縁のあるルフィ船長だったのでした。
    それってどこの泉だと、誰かさんが息巻きそうですが、
    船へ戻るまでにまたぞろ騒ぎに巻き込まれれば、
    ところてん方式で押し出されての、
    すっかりと忘れ去りそうなレベルみたいですが。(大笑)

    それと、
    そういやルフィさんてお風呂は平気だったよなと
    アラバスタの入浴シーンを思い出したものですから。
    湯船に浸かりはしなかったようですが、
    修行だと打たせ湯に掛かってたので、
    そか、真水は平気なんだと、今頃 気がついてる蛍光灯です。

ご感想はこちらまでvv めーるふぉーむvv

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